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あっちこっちココろ

宇宙と行進 〜真実に気づき、真実を伝えるために〜

2018年は。

2018年。
年が明けてから、今年は何に挑戦しようかと考えた時、
真っ先に思い浮かんだのが「新しい出逢い」「人と繋がること」だった。

2017年は、人との関わりをほとんど持たず、
意識的に避けていた。

他の人がしないようなことを考えたりするのが
好きなので、
会って話していると逆に孤独を感じると思っていたからだ。

私がしていることは他人からは理解されない。
それで悲しい想いをするのなら、理解してくれる
ほんの一握りの友人と家族とだけ関われれば充分。と過ごした2017年。

その反動です(笑)

昔の友人は大切。その想いは変わらないけれど、
そちらと距離を置くことにエネルギーを費やす
のではなくて、
今の私と波長の合う仲間を増やしていくことに
エネルギーを使っていかないと と思っているところ。

たった一人でも、新しい、その場限りではない、後に繋がるような出逢いと、お付き合いを持てたらいいなぁ。






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娘がどんどん人間になっていく件

まだ2歳なのに、2歳ってこんなに人間なのかってびっくりする。

この間まで、喋れなかったこの子が、今はこんなに人間っぽいことするのかって。


最近娘は、私の顔色をとてもよく観察している。
私の表情が(怒っていて)曇ったり、無表情になると、
すかさず「ママ~?」とか「ママ、どーしたのー?」と、細くて高い声で伺ってきたり、
私がイラッとして無言になると、「ママ喋って」と言う。
私が怒ると無言になること、怒ると無表情になること、喋っている時は機嫌が良いことを知っているのだ。

私はとても未熟者だから、まだ2歳の娘に対しても、子供だからと流せないことも沢山あって、
真に受けて必要以上に怒りやすい。

主に、トイレに行きたくないと嫌がった直後に漏らした時と、気を付けてと言ったのに飲み物をこぼしたときなのだけど(笑)

パパだったら笑っておしまいのことが、ママは不機嫌になると、知っている。

私はそんな自分を、本当だったら私も怒りたくない、笑って過ごしたいとは思ってはいるから、
娘に「どうしたの?」と聞かれたらちゃんと「こうこうこうだから、怒ってる!プンプン」と説明するようにしている。
言葉では娘を攻めるように言ってしまうことがあるけど、ある程度怒り爆発して言葉にして発散した後、少し冷静になった時に、
「ママはすぐ怒っちゃうからね、○ちゃんが悪いわけじゃないからね」とフォローすることがある。

そう、娘が悪いことなんてひとつもなくて、
私が勝手にイラッとして娘に当たってしまうことばかり、
だからちゃんと説明する。
娘には自分のせいでママが怒ってしまうとか、
自分が悪いからとか、自責の念を抱くような子にはなってほしくないから。
でも私はまだまだ未熟だからどうしてもいちいち怒る(笑)
娘には「ママはこういう時に不機嫌になるけど勝手に怒ってるだけー」と流せるようになってほしい(笑)

私もちゃんと怒って発散することでストレスを溜めないようにしているのだから。

最近は加えて、私が怒っていると「ママのことが好き~」とか「ママのことが大好き」と抱きついてくるようになった。
ほんと、そんな術をどこで覚えるのか、そうされると私も怒っているのもやめて「嬉しいな~」と言うしかない。

好きって言うとママが喜ぶこともよく知っているのだ。

わたしがパパに対して怒っているときも、同様に
ママ~?と仲裁に入ってくれる。

でもだから私も堂々と怒ったり笑ったりイライラしたり喜んだりできるんだな。
未熟者ですけど、良いのです。

久しぶりの気付き3

前回の記事の、夫の言う「それは本能だ」ということを詳しく書くと、
            
あくまでも夫曰く、だけど
人は3人いると二人で結束して一人を仲間はずれにする本能がある

そうすることで、二人が結束を強めるっていう意味もある

と、感じているようだ。

でもそれを聞いて妙に納得してしまったのは、自分にも思い当たる節があったから。

小学生の頃、いつも3人でグループを作っていて、その3人は固定ではなく、メンバーが少し入れ替わるのだけど、
いつもいつも誰かと3人でいて、そして必ず誰か一人を仲間はずれにしたり、二人で悪口を言ったりしていたのだ。

私はそれがすごく嫌だったけど、自ら悪口を言うってことはしていなかった気がするけど、友達に言われるがまま、便乗して過ごしていたような気がする。

だから、たまに自分も仲間はずれにされる番が回ってくることもあったのだった。

自分が仲間はずれにされることについては、
傷つくということもなくて、なんでこうなるんだろう?と不思議に感じていた記憶があって、
でも、他の子を仲間はずれにするような立場になった時の方が辛い記憶というか、
自分の汚い過去、性格が悪かった、消したい記憶として中学生の頃までは結構引きずっていたと思う。

モヤモヤしたものがずっとあったけれど、
夫の話を聞いたらそんな昔の記憶も笑い話程度に変わって楽になったのだ。

そうそう。本当の目的は仲間はずれにすることではなくて、二人で濃密に仲良くしたかっただけなのかもしれない。だからなんとなく仲間はずれにされた側の時も、これは本当じゃないなと感じ取っていて、楽観的に過ごせていたのかもしれない。

子供って本能むき出しでそういうこと普通にあるんだなって思えた。

だけど、よくよく思い返してみたら、
今まで勤めてきた様々な職場でも、
そういえば似たようなこと沢山あったなぁって。

でも私は幼い頃にそうやって経験してきてるんで、多分巻き込まれないように、見て見ぬふりができるように、
自分でも気づかないうちに、回避して過ごしていたんだなと気づいたのだった。

かくいう前の記事のクビになってしまった後輩も、二人から仲間はずれにされた状態。

その子の話を聞いていたら、二人が結束を強めているのもすごく感じ取れた。

この本能はなんの名残なのだろう(笑)
なんか、人間って全然完璧じゃなくて、まだこういう無駄なことやってるんだな。
それが何か昔昔、生き延びるために本能に記録されたことなのだとしたら面白いし、
なんか可愛いじゃん!って思ったり。

その話を友人にしたら、その子がまた違った側面で気付きを与えてくれた。
それは、リリーが人の悪い面を見ないようにすることで、それは本当にないものになるんだよってことだった。

この世では自分の思ったこと感じたことが世界を作るから、私が見たもの感じたものが現実だから、
良いも悪いも本来はないのだけど、
それでもリリーが自分にとって良くないと感じることを回避して見ないようにすることで、
それはないものになるんだよ。

だけど、その後輩の子はたまたま自分にも弱い部分があって、相手の同じ部分を引き出してしまったのかもねって

文章にすると難しいけど、その友人に言われたこともとても腑に落ちた。

良い人も悪い人も存在しない。
人には色んな側面があって、それを、向き合った人が引き出したり感じたりしているだけ。だって。

久しぶりの気付2

つつぎです。

前回の記事のモヤモヤを晴らすのに、別の事柄が答に導いてくれた。

先日、甥っ子たちがうちに遊びに来てくれたときのこと。

1ヶ月くらい前に会ったときまでは
私の2歳の娘をただただ優しく可愛がって一緒に遊んでくれていた小1の甥っ子と4歳の姪っ子。

それが、この間は
「○○ちゃん(うちの娘)を仲間はずれにしよう」
「○○ちゃんはこっちに来ないで」
と、姪っ子の方がそんな具合で。

でも大人のいるところで声に出して言ってるので
陰湿なものではないのだけど、

4歳くらいの女の子ってこういうのあるよなーと。

数ヵ月前にも別の場所のキッズスペースで
そのくらいの女の子二人組にうちの娘が無邪気に入っていったら
片方の女の子があからさまに邪険にして、
おもちゃをなげて追い払ったりする場面を目撃して
娘はなんともないのだけど、私が心を痛めてしまったことがあった。

それについて私が夫に、どうしてそうなっちゃうのかなぁと悲しいなぁと話していたら、夫は「それは本能だよ」と言うので
なんか目からウロコというか、
「あ、なんだ。私が勝手に傷ついたり心を傷めていただけで、これはただの出来事にすぎないんだ」と
フワッと心が軽くなったのだ。

続く。

久しぶりの気付き1

最近久しぶりに大きな気付きがあって、
書き残しておきたいと思いながらなかなか書けずにいた。

何から書けば良いのか。
娘が起きる前に書けるところまで書いておこう。

その気付きは、以前勤めていた職場の後輩から
「首になった」と連絡があったことから始まった。

私の頭の中は???でいっぱい。

なぜ人間的にとても魅力的で、仕事にもやる気に満ちていたこの子が首になるのか。

また、勤めていた職場の上司たちが
どうしてその子をクビにしてしまったのか
上司への疑問もいっぱい。

その子とは気が合うなーとは思っていたけれど、
たまーに会うくらいなのだけど、
職場で起こったことを連絡してくれて、
それに対して嬉しさも感じていたけれど
なぜとっくの数年前に職場を去った私に
毎回わざわざ報告をしてくれるのかも少し不思議に思っていた。

しかも、私が大好きで尊敬しまくっていて、
人生の中でも出会えて良かった人ランキングの上位に君臨する上司とその子が犬猿の仲だということを知り、
まったく理解ができずにいた。

大好きだった上司の、違う一面というか、裏の顔というかを垣間見てしまったような気持ちで、なんだか恐ろしくて。

とりあえずその時に即座に思ったのが、
「私は今まで、他人を全て『良い人』に位置づけすることで、自分を守ってきたのかもしれない」
ということ。

きっと、その子が教えてくれた上司の一面を
私も過去にどこかでわかっていたはずなのに
恐いから絶対に見ないようにフィルターをかけていたのかもしれない。
良い人と思い込むことで、自分にとって良くないと感じるとこに蓋をできる
良い人と慕っていれば、相手も私のことを味方だと感じて、悪さをしてこない。
言葉にすると、こんな感じだけれど、
私は多分今までの人生でこの技を知らずのうちに身につけ、本能で、直感で感じとり、
瞬時に判断をして、
そうやってずっと他人と関わってきたのかもしれない。
と気づいたら、少し怖くなった。

数週間、モヤモヤしていた。

引っ越した

新居の引渡しから1週間。
引っ越しも完了し、すこーし落ち着いてきた。

娘は生まれて2度目の発熱。
一日中機嫌が悪い日が続いた。

パパも私も引っ越しのことで手一杯で
あまりかまってあげられなかったことと、
新しいおうちでの生活が理解できなかったよう。

昨日の明け方までは、愚図って目覚めて
「(前の)おうちでねんねしたい」
「(前の)おうちでおトイレしたい」
と泣いていたけれど、

今朝はニコニコで目覚めて元気いっぱい。
家の外で遊んでいたら、「新しいおうちに入りたい」と言ってくれたので良かった。

不機嫌が続いて泣いてばかりの二三日は、もう元気な笑顔の娘を見られないのかもと不安になるほどだったけど、一安心。

新居には私もまだ慣れないけれど、
夜は星と月を眺めながら寝れるし
朝は日の出をおがめるし
昼間は鳥たちが木に集まるのを間近で見れる
とても素敵なところです。

卒乳に涙する~育児記録~

娘が2歳と1ヶ月。
ついにおっぱいを卒業しそう。

授乳期間については色々な情報があるけれど、
お互いがしなくても良くなる日が自然と来るはず!と、思っていた。

離乳食を始めたから生後半年でやめたとか、検診で先生に言われたからとか、仕事に復帰するからなどで、
一歳になる前に断乳をする人もいるけれど、
私の中ではそれに納得がいかず。

外からの情報ではなく、やめ時は自分の身体でわかるはずだ!それを心と身体はどんな風に知らせてくれるのだろうと楽しみに待っていた。

おっぱいってすごいの!母乳って知れば知るほどすごいの。
お互いのオキシトシンを出したり、
お互いの病気に対する免疫をやりとりしたり、
そして母乳は乳酸菌の宝庫なので、
おっぱいを飲んだあとの赤ちゃんのお口は乳酸菌の匂いがする。
乳酸菌は雑菌を食い殺すので、
おっぱいを飲んでお口の中が乳酸菌で満たされていれば
病原菌の侵入も防げるはず!と思っているし実際にそうだと思う。
たぶんそれを身体は本能で知っているので、半年で断乳とかって本当に大変だし、病気にかかりやすいというリスクもありそうだと勝手に思っている。


うちは予防接種ひとつも受けさせていないけれど
この理論から、いままで発熱などもほとんどしていない。

私の場合、何となく節目として、生後半年の頃はお粥などを少し食べさせていたけれど、全然おっぱいをやめるという気持ちは起こらず、
むしろ「今やめたらダメでしょう」と感覚的に感じていた。
それは一歳になる頃まで続いた。

一歳を過ぎると、なんとなく気持ちが変化してきて、やめても栄養的には問題なさそうだけれど、
まだ甘えてくわえたがるし、精神安定剤としては必要!と感じていた。
これは単に甘えさせている訳ではなく、やっぱりお互いオキシトシンが出ているはずなので、子供もおちつくし、ママもイライラ制御になると思っていた。

一歳半を過ぎる頃には私も「そろそろやめ時を考えたいな」と気持ちが変化していた。
そして「2歳になったらやめようね」とたびたび娘に言うようになった。

が、2歳になっても夜は飲むというよりくわえていないと寝れない。つまり、私が一緒にベッドにいないと寝れない。
パパだと寝ないというのはそろそろ困る。

すると、一週間くらい前から、私のおっぱいの方が限界に近づいてきた。
今まで耐えてきた乳首がついに崩壊。
皮が剥けて割けてまるで2年前に初めての授乳で乳首が切れて四苦八苦していた頃のように。
いや、それ以上に痛い。

泣かれても求められてももうこの痛みに耐えられない、ごめんよと娘に説明すること一週間。

私のおっぱいも全然張らなくなった。

娘も理解して求めて来なくなった。

でも反動でお互いイライラして精神不安定になった。

そしたらさっき、やっと、「ままにゃん(おっぱい)したい」って一回も言わずに夜寝てくれた。

そうしたら、2年前のあの苦労から、毎日続けてきたことが終わっちゃうんだなぁ。
もう娘がこれをくわえることはないのかなぁと想像して寝顔を見ながら涙が出てきた。嬉しいけれど切ない。

それにしても、乳首が耐えきれなくなるように設定されていたとは驚きである。
おもしろい発見&経験だった。

アンビリーバボー ミディアムについて

先週と、先ほど(24日)のアンビリーバボーの特集がとても面白かった。

この番組、久しぶりに観たけれど、
先週の放送後に妹がわざわざメールで、とても良かった、来週もやるから見てみてと連絡してきたのだ。

普段冷静な妹なのでよっぽどだなと思って
すぐにYouTubeで観てみると
あの世とこの世の中間という意味のミディアムの方の特集だった。

リーディングを受けたとこがあったり、おしかけスピリチュアルをみたことがあったり、スピリチュアルに興味がある人にはすぐに理解できる内容だったのだけれど、
こういうことがテレビで普通にとりあげられる時代になったのかーと思ったり。

そして、亡くなった方の魂はこんな風に私たちを見守ってくれているんだなぁとか、
あと、普段何気なく体験しているシンクロとか何らかのサインや直感も、エンジェルや守護神によるものではなくて、もっと身近な、
亡くなった親族からの知らせなのかもと思い直したり。

私の母も亡くなっているから、こんな風にサポートしてくれているのか!と想像しやすく、
さっきふと気づいてしまったことがあるのでメモしておく。

今住んでいる湘南での友達。
Tちゃん。
私がこちらに住む前から知ってはいたけれど、
結婚して湘南に引っ越してから年に数回会うくらいだったのが
娘が生まれてからとても頻繁に会うようになった。

でも、確かに話は会うのだけれど、
どうしてこんな私とそんなに頻繁に会ってくれるのか、不思議に思っていた。
こんな人付き合いが苦手な自分にも親友がいることが奇跡だと思っているから。

なんと、Tちゃんの旦那さんと、私の旦那さんは誕生日が同じ。それも偶然にしてはよくできているとずっと不思議に思っていた。

あと、Tちゃんと出会ってから、Tちゃんは2回引っ越しているのだけど、
どんどん私の家の近くになっている。

こんな近くにこんなに話の合う友達がいることが奇跡としか思えない。

それで、さっき気づいたこと。
実はTちゃんのお母さんも若くして亡くなっているので、
恐らくあっちの世界で私のお母さんと交流があるのだと思った。
私のお母さんは私が結婚して湘南に引っ越した年に他界しているので、
きっと、新しい土地での生活を心配して、Tちゃんと繋げてくれたのだろう。
娘が生まれてからも、私の子育てを心配して
Tちゃんのお母さんに、仲良くしてくださいとお願いしてくれたのではないか。

振り返って考えると全てに合点がいくのだ。

とか感じながらふとタイマーをみると、私の誕生日だったし。それも、「よく気づいたね!そうぁよ!」
のサインなんだろうなと(笑)